あなたも・わたしも・みんな ⎯⎯ 「障害者」の定義づけ

相模原障害者施設殺傷事件について

シカゴ市内の精神病棟で、元クラスメートにばったり会った。

広大な州立病院で「さち」と呼ばれて、お互い目をあわせて一瞬かたってしまった。

4・5年ぶりの再会で、名前がすぐに思い出せなかった。互いに「この人は患者なんだろうか、あるいは・・・」ととっさに判断しようとしていたように思う。

彼がそれを問いかけた。「なんで、ここにいるの?」

私は大学から来ていることを告げ、彼もリサーチでインタビューしに来ているのだという。そんなことを話しながら、笑いあった。白衣やパジャマなど「役割」を示すユニホームがないから、たたずまいや言葉づかいや語彙で、判断するしかない。ハロウィンの日は薬物中毒の男性が、担当医に扮して蝶ネクタイをつけていた。そんな病棟である。

そこで「真正」の精神病をわずらっているのは一割ほどで、大半は薬物中毒や虐待などで、本人または他者に対して危険となりうると診断され入院してきた人ばかりだった。(日本もそのような状態になりつつあるのではないか、と危惧する)富裕層の恵まれた人もいたし、こんな人も病気になるのかと思うような、スタッフをいたわる優しい人もいた。

さる大統領の妻も精神病をわずらったと聞いた。すこし前は、同性愛者は精神病として扱われた。その昔、身寄りのない貧窮者も同施設に入れられた。「病気」の定義は時代によって変わってきた。

多くの女性先駆者たちが、アメリカの福祉を発展させてきた。メリー・リッチモンド、ジェーン・アダムス。平和・女性運動家でもあったアダムスはノーベル賞を受賞している。彼女は障害者でもあった。

ヨーロッパに引っ越してきて、過去の社会運動のありがたみを感じるようになった。大きくなった運動が、今も引きつがれているからだ。健康保険、有給休暇、労働者組合、労災、ストをする権利、休職をしボランティアをして復職する権利。ヨーロッパ統一など(日本の論者はEUの経済だけでなく、政治や社会福祉の面にも注目して欲しい)。運動先駆者たちの生家や銅像もあちこちに残っている。ジャン・ジョレス、ロベール・シューマンなど。長いながい闘いの果てに、社会保障ができたことがわかる。

日本では、最近のヨーロッパをテロと結びつけることが多いようだが。欧州の国々では、事故や病気などで目の前で倒れた人を助けることが義務づけられている(non assistance à personne en danger)。すぐ傍に窮地にたった人がいれば、救急車・消防・警察などに一報するのはもちろんのこと、冬は家の前の雪かきを怠り通行者が怪我をした場合なども含め、他者に手を差しのべないことは法的に罰せられる。

(自民党の憲法改正草案の「家族は互いに助け合わなければならない」とは全くちがう。これは明治時代の家制度の焼きなおしで、家族の介護や世話を女性に強いる「日本型」福祉の正当化でしょ。日本会議のいう「行き過ぎた個人主義」とか「権利と義務のアンバランス」とも、ちがう。先進国で認知された「自由」を、竹中平蔵らネオリベの「貧しくなる自由」とか「自分勝手」と混同しているフシがある。たしかな「自由」の不在にこそ、日本の問題があるのでは?)

普段、ルクセンブルグやベルギーやオランダなど、のんびりした国々では、バスやレストランで見知らぬ人と目があうと、相手が微笑んでいることが多い。人としておだやかな連帯感をおぼえる。昨年、マルタに行ったときバスの中の若者たちが、競い合うようにシニアに席を譲るのを見て、20~30年前の日本を思った。

相模原事件の容疑者は、「障害者」をどのように定義するのだろうか?自分も「障害者」になる可能性は考えなかったのだろうか?

目立った「障害」のエジソンやジェーン・アダムスや野口英世や車椅子のスティーブン・ホーキングでなくても、健康そうに見える多くの人が「病気」や「障害」(社会性の障害とされるのも含)とともに生きている。

いろんな友人や家族を得て、自分の「障害」に気づかされた。たとえば。耳のすごくいい人。声のよく通る人。足のすごくはやい人。体力のある人。力持ちの人。ピアノのうまい人。人の心理の分かる人。千里眼の人。ものまねのうまい人。料理の上手な人。味覚のするどい人。外国語をたくさん話せる人。記憶力のいい人。寛容な人。愛情の豊かな人。100くらいパスワードを苦もなく覚えられる人。犬のように臭いのかぎ分けができる人。一緒に暮らす夫にもいくつかあてはまるものがあるが、彼はきゅうりとズッキーニの違いがよく分からない。黒帯の有段者なのに、注射で気絶したりする。医師によると、元気の「気」が多すぎるという。

ナチのように、人口の一定数の「障害者」を殺戮していったらどうなるか?その後に残った人口が100%となり、そこからまた新たに「障害者」「弱者」が排除されていくだろう。自分がその枠に入らず生き残るとは、限らない。(ビデオの藤井克徳さんのインタビューを聞いてみると、私と同じことを考えてらっしゃる)

人は加齢により、あるいは病気や事故で「障害」を持つようになる。生れおちた日から、誰かに世話をしてもらわなければ、死んでしまうような依存状態で育ってきたわけである。戦争ともなれば、それこそ多くの人が「障害者」となる。

「健常者」と「障害者」は、ちいさな点の線上でつながっている。みんな、多かれ少なかれ「障害」を持って生きている。だからこそ戦後の国際社会で、補助器具も福祉国家も発達してきたのだから。

人間の弱さを忘れずにいよう。

雨宮処凛さんのブログ - 相模原障害者施設殺傷事件 (2016-08-12)

荻上チキさんのブログ - 荻上式BLOG - 相模原障害者施設殺傷事件をめぐる報道について (2016-08-10)

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