小倉先生とジェシー

先日、初めて小倉昇先生にお会いした。先生は居合道範士八段、剣道教士七段。全日本剣道連盟参与でいらっしゃる。

場所はフランスのベルサイユ。3日間にわたって開かれた研修セミナーに、欧州のサムライたちが200人ほど集まった。

大規模な居合の稽古を見学するのも、大人数の袴姿の外国人を見るのも、私には初めての体験。真剣な練習風景は、ことに圧巻だった。

小倉先生は大勢の大人たちを前に、噛んで含めるようにやさしく教えてらした。すごい経歴の人だからと構えていたら、思いのほか洒脱な先生だった。足さばきの練習で「みなさんのは送り足じゃなくって、引きずり足だよー」なんてコメントがとぶので、不謹慎にも私はケタケタ笑ってしまった。指導がおもしろいと、一日の疲労(徒労)感も残らない。

セミナーは朝から晩まで、小休憩を除いて丸一日続く。部外者には計り知れない、練修量。来る日も来る日も、倦まず弛まず居合を続けるなんて、「すごいなあ」と感じ入ってしまった。自分を発奮させながら、熾火のような情熱を燃やし続けるのは、何の趣味(仕事)にしても容易いことではない。

打ち上げパーティーのレストランで、20代とおぼしき2人の日本人女性ウエイトレスと陽気に話す小倉先生の言葉が耳に入ってきた。「そうじゃないと、何でも中途半端になっちゃうからね」信じた目的に向かって努力するよう、忠告されている。「何の道でも、ひとかどの人物になることは大変ですよね」と聞き入っていた。

小倉先生とめぐり会わせてくれたのは、友人のジェシー。彼はベルギー人。知り合ってから7年半ほどになる。彼の武術に対する思い入れには、頭が下がる。日本から持ち帰った「宮本武蔵」や北野武監督の「座頭市」のDVDを見せたら、興奮して心臓がバクバクして眠れなかったらしい。

日本びいきの彼は、居合やお茶の先生にラブレターのような詩や手紙を(フランス語で)書いては、私に訳すようにと送ってきた。その上、無類のお人好しの家人に間接的に頼み込むという、彼の手口は強者である。小さな町に住むジェシーのまわりには、日本人が一人もいないから、逃げも隠れも出来ない。情熱的なジェシーは次から次に詩が浮かんで、私を困らせた。

ところがいつしか小倉先生のような人の返信を、しかも直筆で読ませてもらえるのは光栄なことだなあと感じるようになった。こういう人たちに出会わなければ、武術の世界を知ることもなかった。ジェシーおじちゃんが運んでくれた不思議なご縁だ。

昨夜かかってきたジェシーの電話の話では、今回フランスでの昇段試験で合格した人たちは4~5割とのこと。試験に2·3度失敗すると、居合をやめてしまう人もいるらしい。がっかりする気持ちはよくわかるけど、受かるまでずうーっと挑戦し続けてもらいたい。真剣を持ったみなさんは、カッコ良かったよ。

小倉昇先生については、剣道時代2009年7月号(62-65ページ)「居合道審査員の目」をご参照ください。

写真
一日の稽古の後の、礼

折り目正しく袴をたたむ人たち

ジェシーは情報不足で、小倉先生のセミナーを過去2回逃した。気の毒になるくらい落ち込み、人目を忍び冷たい滝にうたれて悔やんだ日もあった。今回、先生と再会できて嬉しそう。