アンティ・フラジリティ 。。。抗· 脆弱の国

もう10年以上も前のこと。隣のおばちゃんが聞いてきた。

「さっちゃんのご主人はナニ人? アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、フランス人?それとも、イタリア人?」

主人という家父長制の古めかしい言葉に、たじろぐ私。

おばちゃんはお構いなしに、興味津々である。「それとも・・・?」

「あの〜。宇宙人なんですぅ」と応える。

おばちゃん。大爆笑。

「かおるはね、離婚したのよ」 かおるちゃんはおばちゃんの娘で、私の幼なじみである。

「大丈夫。失敗は成功のもと」 はげます 私。おばちゃん、また爆笑。

結婚で大事なのは、国籍、年齢、職業、言語、性格の相似でなく、すべては相性ではないか ―― と思ったりする。

ソウル・メイトと一緒にいる心地よさ。いくらしゃべってもしゃべり足りない時間。集中豪雨のようなけんかをして、ケロッと忘れてる。悶着をのりこえ天下無敵の親友になる。

やさしいかおるちゃんは、相性のいい人とまた結婚するといい。

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はたから見るとあやうい揮発性のあるカップルが意外に長続きして、一見、夫婦円満で、あまり口げんかもしない「安定した」カップルが、突然噴火する火山のようにアッケなく別れたりする。 信頼しあう安定した夫婦や友人関係はけんかも異見も少ないという、遠慮や無理があるのだろうか。変化する日々の適応や緊張感のガス抜きに、言いあいや議論は欠かせず、人間に失敗はつきものだ。 天災、災禍、惨事、混沌、もめ事を機に、人や物事が以前より強くより良くなることを、ニューヨーク大学のナシム・ニコラス・タレブ教授はアンティ・フラジィル(抗脆弱)と呼ぶ。抗脆弱は国にもあてはまる、とタレブはいう。災害や災難をへて、さらに良く強くなる国とそうでない国。

その概念から、日本を見てみると――。

「政府や官僚やエリートは、失敗をしない」という無謬性の神話が、日本にはあるように思う。「安定」や「無謬」や「完璧」を装うことが、逆に日本の脆弱性につながっているのではないだろうか。

有名な社会学者のサスキア・サッセンが、父親がナチでアイヒマンと親しかったことを公然と認めた。その事実を拒みも隠しもしない。父は父、私は私という個別の人格と人生。おおらかにあけっぴろげな強さに、感動するほどだった。彼女の抗・脆弱性だ。

逆に、もし家族や友人や身近な人に(あるいは自分に)、重大なあやまちや失敗を犯した過去があったとしても。それを恥じるあまり「なかったこと」として隠したり、問題を矮小化するのは、脆弱さのしるしといえる。

たとえ身近な人の不名誉な過去であり行為であろうが、同じような間違いを繰り返すかどうかは、自分次第。修正できない他者の過去とは違い、未来の失敗も成功は自分たちにかかっている。 それは、今の総理の祖父の過去にも、その他大勢の政治家や官僚の家族にも当てはまるのではないだろうか。

致命的な失敗ほど、その足跡/トラサビリティを残しておく必要がある。誰がどこでどういうあやまりをしたのか。どうすれば再発を防げるか。学ぶことが抗・脆弱性となる。

最近感動したのは、いわゆる「慰安婦」問題に関する、シカゴ大学のノーマ・フィールド氏のコメントである。こんなものすごい文章を、いつか書けるようになりたいと思った。

もう一人、コロンビア大学のキャロル・グラック氏もこんな発言をしている。ぜひ、ご覧になっていただきたい。

抗· 脆弱の国に日本がなってほしい。

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