大江健三郎とアマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ

大江健三郎とアマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ (1)

十代後半から二十代前半にかけて、大江健三郎をよく読んだ。当時の彼の作品は全部、読んでいたように思う。難解と言われた文章を読むのが心地よく感じる年頃で、私にとっては生真面目に文学をする大江が、あたりをはらうように光っていた。

その後、米国で社会学をするようになり、私は忙しさに追われて、日本語の本を読まなくなった。小説以外に読みたい本がたくさんあったので、数年に一度ほど手にする大江の新刊や古本も、そんな本の中に埋もれていた。

ところが、2・3年前、早朝パリに向かうTGVの席で、「『自分の木』の下で」(朝日新聞社、2001年)を読んでいた時のことだ。病気になったこどもの大江と母親とのやり取り(ぺージ12〜13)のところで、思わず泣きそうになった。

それから思いがけないところで、大江に「再会」することがあった。いつものようにアマルティア・センの本を読んでいたら、大江について言及している部分があり、あらめてセンの多読の習慣に驚いた。長い長い謝辞の中にもKenzaburo Oeの名前があったので、なんらかの交流があるのだろう、と思った。

この夏、ドイツの古本屋で大江の本をたまたま見つけ、いわゆる彼のレイト・ワークを一冊読んだ。高校生から中年になるまでに、違った人生を何度か生きてきたように、別人になったように感じていた自分が、初めて大江を読んだころの感覚を思い出した。なんというストーリー・テラーだろう。

大江の文章が悪文といわれる(のは、わかる)。実に巧妙な文章だ。だが、彼のレイト・ワークは特に難解ではない。自分がそう感じるからだが、「人前で話すのが苦手」と思い込んでいる人(⁉)特有の口の重さが、彼の語り口にある。おそらく大江は、文章を書くとき、その内容や場面におおじて日本語やフランス語や英語(やその他の言語)で考えるので、一番忠実に考えや感情を表現しようとすると、ああなる(⁉)のだろうと察する。

言語や言い回しには、それぞれのお国柄もでる。米語だとひと言で言えることが、日本語や仏語には同意語がなく、一語で言い表せなかったり。英文だと1行で言えることが、仏文になおすと3〜4行かかったり、その逆もごくまれにあったりする。大江は、簡潔・率直・短文を重視する英語でなく、「美文」「長文」をよしとするフランス文学の人だ。長年、彼が培った文体なのだから、昔のファンとしては、よしとしよう。(日本語特有の「美文」を読みたいときは、別の作家のを読めばいいのだから)。

大江健三郎とケイパビリティ・アプローチ (2)

また大江健三郎との距離が急に縮まったように感じたのは、「暴力に逆らって書く」という彼の本の中に、アマルティア・センとの往復書簡を見つけてからだ。「ああ、大江さんもケイパビリティやってるんだ」と、うれしかった。

センの著作や、彼が生んだケイパビリティ・アプローチについて、邦訳を読んだだけで理解するのは難しい。これはセンだけに限らない。端的に書かれた英語が日本語になるとき、翻訳独特の文体が加わって、よけいに読みづらくなることが多々ある。また、専門書の場合は、理論をよく理解していない人が字面のまま訳すると、誤訳が混じり意味不明になったりする。あるいは、原著をよく理解した人が、上手に日本語訳、適訳ができるとも限らない。だから自分で原著を読んで、理解するのが本当は、一番いい。

英語が苦手な人は、最近、センの門下生たちが彼の厚生経済論を解説(補足・発展)しているので、それらを英英辞典で意味を確認しながら読むのをお薦めする。いちいち大きな辞書を開いて単語を調べるのは大変なので、インターネット上のオックスフォードなどの辞書が便利である。2・3の論文をじっくり精読すると、基本的な用語や論点が浮かび上がってくる。

私の場合は、センがノーベル賞を受賞した1998年に、初めて彼の記事を読んだ。その後、他の研究者たちが書いた論文を読んで、当初、ケイパビリティ・アプローチの用語説明を間違っているのかと、疑ったことがあった。が、実は、私の理解不足だった。この理論の本質が理解できたと感じるのに、私は1〜2年かかり、50、100、200と関連文献を読み進むうちに、理論の魅力と難解さがわかるようになった。

この理論を解説する重要なコンセプトや用語はたくさんあるが、そのベーシックな用語は、ふたつ。ケイパビリティス(capabilities)と、ファンクショニングス(functionings)である。 capabilitiesが日本語では「潜在能力」と訳されているのを、残念に思う。解説をつけずに日本語にある言葉に訳すると、この言葉になるのだろうが、この訳語には誤解を招きやすいニュアンスがある。

大江の言葉を借りて(「暴力に逆らって書く」朝日新聞社、2006年、ぺージ264〜265)、少し説明してみよう。ファンクショニングス(functionings)とは、「達成された成果」「実現した機能・結果」のことをいう。たとえば、長生きする、健康である、所得を得る、など。

一方、ケイパビリティス(capabilities)は、「達成されうる自由」「現実的に達成・実現が可能な自由」をさす。漠然とした夢や、雲をつかむようなわずかな可能性でなく、リアルに手の届く可能性がケイパビリティである。つまり前者(ファンクショニングス) は、結果・成果を、後者(ケイパビリティス) は、潜在・可能性としての自由・選択肢、行動の選択肢の幅、生き方の可能性の幅をいう。ケイパビリティ・アプローチは、前者・後者両方に注目するが、あえていうと後者のcapabilitiesをより重要視する。それは一定の選好や価値基準を他者に押し付けず、個人個人のチョイスや自由意志を尊重するからだ。

伝統的なアプローチのように、経済的・物質的な豊かさだけを、真の豊かさとは見なさず、センの理論は「○○○をなしたい」「○○○になりたい」という個々の capabilitiesを実現する自由や機会を拡大することが、社会の真の発展・豊かさであるとする。

わかりやすい例を出そう。

例1
体も健康で、安定収入もあるボブさんが、太り気味だと感じ、一念発起してやせるためにダイエットをする。この場合、彼には、ケイパビリティ を現実化する自由があるといえる。同じく、信仰のある(食事代の心配もない)ポールさんが、ある一定期間、断食をする場合。信教の自由を保障された社会で絶食するのは、彼のケイパビリティである。反対に、高齢のパウロさんは無職で所得も生活保護もなく、そのため食事もままならず、飢えのために体が著しく衰弱している。前者・後者とも身体的な機能(ファンクショニングス)は似通って見えるかもしれないが、歴然と違うのは前者の場合は、ダイエットをしたり・やめたり、食事をしたり・しなかったりという自由があり、後者のパウロさんの場合は、摂食するという自由はなく、飢えを強制させられている。

例2
まり子さんは格闘技全般が好きで、なかでも合気道と空手は大好きだ。稽古中に怪我をするなど、時には身を危険にさらすこともある。それでも自由に好きなスポーツを楽しんでいるのが、彼女。一方、見た目は同じように体中にアザや腫れをつくっているけい子さんは、実は、夫から暴力を受けているDVの被害者で、彼女は身体的自由・インテグリティーを犯されている。この二人の女性たちの自由度は大いに異なる。

このように個人、グループ、社会間で「達成した成果」「機能」、所得分配に不平等はないか、大きな格差はないか、彼らの「自由」「機会」を妨げる社会の制約はないか、所得や資産だけでなく多面的な福利の偏在性に光をあてながら、--- 社会の不平等や不公正について分析していくのが、ケイパビリティ・アプローチだ。

大江健三郎とケイパビリティ・アプローチ (3)

もう少し大江の例を引用しながら、ケイパビリティ・アプローチを解読してみたい。

大江健三郎は、当時最年少で芥川賞を、後にノーベル文学賞を受賞した作家だ。それは彼が、生まれつきの才能にもめぐまれ、優れた教育を受けたからだろう、と当然のように考える人もいるかもしれない。ここで、彼のファンクショニングス、その「機能」「成果」よりも、彼の意志や努力に注目してみたい。

大江は、森に囲まれた谷間の村に生まれた。すぐ近所に本屋があったり、図書館に通ったりできる環境ではなかった。本屋の息子でもなかった。実家は農家ではないが、兄弟でただひとり大学に進んだとあるので、知識階級ではなかったようだ。

それでも、大江の ケイパビリティスを伸ばすような自由はあった、ようだ。

(「話して考える」と「書いて考える」集英社文庫、2007年、ページ94〜95)母親が戦中・戦後の逼迫した時期に、「ニルスのふしぎな旅」と「ハックルベリー・フィンの冒険」を見つけて、大江少年に持ち帰った。その嬉々とした読書の原体験があったこと。

父親を亡くし母子家庭だった大江が、大学へ進学しようとしたとき。裕福だった伯父に費用を頼ろうとしたら、文学部でなく東大法学部に進むなら援助しようと、言われる。だが、大江はその申し出を利用せず、まずしいながらアルバイトをし、文学を学んだ。彼の意思と自由を尊重して、できるかぎりの送金をしようと約束をした彼の母親。もし彼女が、「学費は工面できないから、進学をあきらめてください」とか「あなたの伯父の言うように法学部に進んで、なるべく早く家計をたすけられるような仕事をしてください」とか「村に残り家業をついでください」というような、個人のエージェンシーよりも家制度や別の価値判断を最優先させていたなら。大江健三郎は、もしかしたら別の職業についていたかもしれない。

その後、大江は渡辺一夫に師事し外国語を学び、異なる見解や価値観を学び、日本を代表する作家に成長していく。後年は海外の大学でも講義をしたり、おそらくあまり人が行ったことのない土地をたずね、ふつうなら会えない人に出会い、あまり人ができない体験をしてきたことだろう。森の谷間の村にいた大江少年が、後にこのような「成果」をあげるには、ものすごい努力をしたのだろう。生まれたときとのギャップが大きいほど、努力も大きかったはずだ。本人の能力はもちろんのこと、彼の意志と努力も強調しておこう。

ここでケイパビリティ・アプローチに戻ろう。センが論じる自由は、freedomsと複数形で使われていることに注目してもらいたい。この自由概念は(重複する場合もあるが)、二つに分けられる。すなわち「機会の自由」と「プロセスの自由」である。「機会の自由」は、自分にとって価値があると考えることを実行しようとする機会・・・つまりケイパビリティを意味する。一方、「プロセスの自由」は物事が現実になる・実現するまでの過程、道筋での自由をさす。たとえば、民主的な討論・話し合い、人権の尊重、透明性、長期持続型の発展への経路などである。つまり、大江少年は当時、経済的には恵まれていなかったけれども、大学に進学する「機会の自由」と、伯父に言われた法学部に進路を変えるのでなく、自分の意思で教養学部を選ぶ「プロセスの自由」の両方を持っていたことになる。

ケイパビリティ・アプローチによれば、前述したような、大きいギャップを克服できる「機会」や「自由」を提出できる社会ほど、個人やグループにチャンスを創出できる国ほど、「豊か」だといえるだろう。(教育によって広がる自由が、大江の時代の日本にはあったといえる)。たとえば、母子家庭出身の子供が、成績優秀で、民間団体から奨学金を得て大学に進学できる社会。反対に、枠がかなり制限されていて、いわゆる超エリートと見なされた少数派だけに奨学金がでる社会。どちらが「豊か」だろう。性別や、年齢や、人種にかかわらず、学生の成績の優秀な順に合格になる学校と、成績にかかわらず父兄の縁故を優先する学校。どちらが「公正」か。親が非熟練職で貧窮家庭の出身でも、高い教育を受けた子供が専門職、管理職につける国。つまり、教育による階層移動が大きい国。反対に、教育が階層移動の手段にならない国。社会階層の流動が少ない国。どちらが「機会」「自由」「幸福」な国か。

アマルティア・センは、この世のどこかに「完璧な社会」があるとして、それを探しているユートピアンでない。彼は反対に、目に余る「不正」「不平等」「格差」の事実をあげ、公的な議論によってそれを世界に知らしめ、より「公正」「平等」「幸福」な社会を模索していこうと提言する。われわれ一般人の役割は、「真の豊かさ」「もっと公正で」「もっと平等」「もっと幸福」な社会をめぐる価値判断・基準を、討議し、探っていくことだ。

最後に、このアプローチの論旨を、日本社会のことを考えながら、要約しよう。

人生どこかでつまずいたり、疑問を持ったりしても、そこからまた生き方の幅を拡げ、新規蒔きなおしの「機会」「選択」が見つかる、そういう社会は豊かだ。

そういう「機会」を創出するために、日本社会はまずどこを変えてゆかないといけないのだろう。「完璧」な議論でなくてもいいから、まずは、話し合いを始めよう。

コメント

機会の重要性

 障害者の自立を論議するとき、「自己選択」、「自己決定」が大事だと言われる。私は、以前、「自己選択」を誤解していた。決める前に選ぶ、選ぶという活動が障害児には特に大切だから、「自己決定」とだけ言うのではなくて、「自己選択」が対になっているのだろうと思っていた。いろいろ調べてみると、アメリカの自立生活(Independent Living:IL)運動のなかで明確になった考え方で、そこでいう「自己選択」は、選択できる状況ないし条件のことを言っているらしい。障害があるから普通の生活は無理で、施設で生活するのが当たり前という社会の中で、施設Aと施設Bのどちらかを選択する状況と、地域でひとり暮らしをするか施設Aで暮らすかを選択できる状況は大いに違う。この選択できる状況で他者に強制されることなく自ら選択できることが、自立の前提条件として不可欠であるという考え方だった。

 障害者の機会均等化に関する基準規則(Standard Rules on the Equalization of Opportunities for Persons with Disabilities)は東大の長瀬先生 http://www.bfp.rcast.u-tokyo.ac.jp/nagase/2003p02.htm が邦訳をされているが、「機会均等の準則」とも呼ばれる1993年の国連総会で承認されたルールと言って良いだろう。障害者が差別されないためには機会が平等である社会の実現が不可欠という考え方である。英国ではブレア政権のときに2025年までに機会均等社会の実現をめざす政策がはじまっている。、今日の国連障害者の権利条約の中でも取り入れられている考え方である。

 何の平等?という問いの一つの答えが機会であり、また主体的選択の自由である、ということなのだろうと、この記事をみて再認識させて頂いた。

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