blog de Sachie

他国の知恵

他国の知恵

ルクセンブルグの名家でパーティがあった。「プチ・スイス」といわれる森の中のお城のような邸宅に、リサーチなどを生業とする人たちが25人ほど集まった。主にルクセンブルグ人とベルギー人の集まりで(いつものごとく私はマイノリティ)、外国人らしきカップルが皆よりやや離れぎみだったので、話の席に加わった。実は女性は邸の令嬢で、11年の英国生活から引き上げてきたばかりだという。男性は彼女のボーイフレンドでルーマニア人である。

また政治の話になり、私は「今の日本はドキュメンタリー映画で見た、チャウシェスク政権の末期のようです」と話した(広場に集まった市民が政府機関を占拠したとき、あらかじめチャウシェスクの名前が書かれた大量の投票用紙を窓から撒き散らして、皆の目にさらした映像をいつも思い出す)。ルーマニアは今も腐敗やスキャンダルは絶えないが、海外に暮らす愛国者たちが(正確な人数を失念したが、約500万人だったと思う)独立した調査報道の経済支援を続けているという。「自分の両親はまだルーマニアに住んでいるし。愚政がために、彼らがいかに苦しい人生をおくってきたかを知っている。だからリベンジのつもりで支援している」という。日本にはネットジャーナルや海外の「九条の会」などもあるけれど、似たたぐいの要請が、わが国でも高まっているのではないだろうか。

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Thoughts on Jujitsu and defense

This blog is about training sessions of Belgian jujitsu club (30th anniversary) in Bastogne last June. More than 50 participants came from Swiss, France, Belgium, Luxembourg, and Japan (only two Japanese: Sensei and myself as a cultural facilitator/interpreter.)

護身術とディフェンス

護身術とディフェンス

6月の週末。日本から武術の先生がベルギーのバストーニュにいらっしゃった。先生にとっては、3泊5日!?という強行日程セミナー。会場に着くまでは5〜6人の集まりかと思いきや。スイス、フランス、ルクセンブルグ、ベルギーそして日本(日本人は先生と私のみ)の5カ国から50人強の武道家が集い、さらにその家族がとり巻き見守るという盛会ぶりだった。

(海外に誇れる良きものが日本にはあるのですね。こういう指導力こそ、クール・ジャパン戦略にすればよろしいのでは)

予定は半年前に知らされていた。先生は「英語」を話されるので、技の説明は大丈夫だけれども、会食時などになかつぎが要るようだった。つまりは「要通訳」という無言のプレッシャーを感じた。とりあえず、ほうじ茶だけ淹れて早朝ベルギーへ向かった。

普段は「畳の上ででんぐり返りして、何が面白い」などと思っているが、いざ目撃してみると……。かなり興味深い。廻転にも洗練を感じる。

師範の友人(写真下・地方テレビ局にインタビューを受ける彼)は、畳の上にあがると水を得た魚のようだった。技を教える横顔にも、満面におさえきれない笑みがひろがる。畳をかかえて、広々とした体育館の中をひょいひょいと弾んで歩く後ろ姿は、まさに少年のようである。いつもは、やや神経質な人だと思ってたのですがね。しかも子どもたちに慕われる先生でもあるようだ。「彼の説明は本当にわかりやすい。痛くもなくってね」「へえ〜。そうなの。私、あの人の友だちなの」と自慢したくなった。

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Freedoms, Internet Access, and Mysterious Algorithms!?

Horse in Hespérange

Two days ago, Microsoft remotely updated and installed things in my computer, but has deinstalled my Japanese font – my mother tongue! Apparently, the problem has been well known, but they have updated anyway. At the same time I cannot deinstall the things I do not want, which is very frustrating. Rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!

Our friend Vincent says: “There are less and less free things on the Internet. If you think something is free, then you are becoming ‘the product’ itself. You see, where is your data?”

Another thing. Could you do me a favor? Could you google something and compare with the results of other lesser-known search engines on the Internet? Do you see any differences?

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Inequality in Germany by Michael Hartmann

(a blog post written by my German friend Guido)

Professor Hartmann

Michael Hartmann is an emeritus professor of Technical University Darmstadt

Summary

Social and economic inequality is increasing in Germany faster than in all other developed countries (EU. US, JP, AU, CA, etc.)

Real income (not gross income) has not increased for the average German since the end of the 1990s, and today it has even fallen back to the level of beginning of the 1990s. Most alarming is the increase of income disparity caused by extreme concentration of wealth:

  • +17% for the top 10%,
  • -14 % for the bottom 10%
  • Total: +30% difference in 20 years.

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Inequality and Precarity in Japan - The Sorry Achievements of Abenomics

残念なアベノミクスの成果

残念なアベノミクスの成果

アイム・ソーリ、髭ソーリとおちゃらけたのは、たしか忌野清志郎でした。それにならって、アイム・ソーリ、アベ・ソーリ。ソーリ・アベノミクス。

そうです。インタビューで甘利さんたちが「トリクル・ダウン、トリクル・ダウン」(*)とあまりにも繰りかえすので、トリクル・ダウンという言葉のトリックに皆さんはひっかかったのでしょうか。経済成長の恩恵がそのうち庶民にもまわってくるだろう、そのためには、まず大企業と富裕層を儲けさせなくちゃ、トリクル・ダウン効果は起こらないとでも、思ったのでしょうか。ですが実はトリクル・ダウンの逆で「アベノミクスの効果が、大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいない」(**)のが事実です。

「できるだけ多くの角度から論点を明らかに」(**) せよということですので、そのように検証しました。そうですね。悪魔/神は細部に宿るといいますものね。ぜひ私たちの記事に目を通していただきたい。

スティグリッツやケイパビリティの理論家たちがまとめた、国連のストックホルム声明書があります。アマルティア・センの理論の影響が、色濃く見られる声明書です。そこには「経済成長は目的ではなく、健康・教育・雇用・安全保障・消費の改善など社会目標を達成するために必要な資源を創出する手段にすぎない」と書かれています。本末転倒のアベノミクスは目的達成をできず、手段の段階で終わっています。

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a partial Japanese translation of the World Inequality Report 2018

This blog has a partial Japanese translation of the World Inequality Report 2018 by the World Inequality Lab including Thomas Piketty and more than 100 researchers in more than 70 countries.

ピケティの「世界不平等報告書」の概要 一部・邦訳掲載

昨年のお正月。トニー・アトキンソンが亡くなったニュースを耳にした。

「世界不平等報告書」の概要

ある学会会場への帰り道、バスの座席に1人ですわる彼を見かけ声をかけたことがあった。それからホテルの会場まで Luxembourg Income Study や OECDの調査について話しながら、歩いて帰ったのを思いだす。翌朝も、席につくと目の前に彼がいた。なんとも謙虚で気さくな紳士が病気を患っていたことを知り、とても悲しかった。

今年になって「世界不平等報告書」を読んだ。彼の残した仕事を、同僚・友人であるピケティと世界の仲間である100人以上の専門家たちが受けつぎ、強化を図っていた。アトキンソン(アマルティア・センもアダム・スミスも)は、経済学の根幹をささえるのは倫理だと、くり返していた。

300頁にわたる報告書を訳すのはムリなので(経済の専門家たちがもっと上手に訳されるでしょうが)。特に興味をもった2ページを訳(意訳)してみた。グラフを見ると、われわれの共通財産である「公」の富が「私」へと移動していることがわかる。現在、公の富が私物化された、国有地の格安払いさげたという問題が取りざたされている。その諸問題の背後で、種子法は廃止され(みんなの種が、誰かさんの種になり)、TPP 協定はすすみ、アベノミクスと株価バブルで大企業と富裕層はさらにうるおう一方、公的債務は蓄積し、公ひとりひとりの教育や福祉への投資は減り、公的年金も減り、政府は人々の負託にこたえられず、国力が衰えていくという日本のすがたを映す鏡のようである。

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Uncle Sam and weapons - a forever story

Uncle Sam black-marketing weapons

100年前からの連続性

clinic

スペインはアンダルシア。

昨年のクリスマス・イヴに、Blanco y Negroという雑誌(1891年に創刊)を蚤の市で見つけた。主に芸術や文学を扱う週刊誌で、現在も発行されているようだ。

1915年9月26日、1.271号のページをめくると、ベルギーやオーストリアの女性参政権についての記事があり、その中にこの風刺画がある。画家の名は、Pedro Antonio Villahermosa y Borao で通称Sileno。ページ数は見あたらず、文の内容と挿絵とはそぐわないが、一枚の画が多くを物語っている。

アンクル・サムのアメリカの足元には、(紛争・戦争の当事国が債務に苦しむのは重々わかっているから)現金決済という札とともに武器がずらりとならび、背景に潤う軍事産業が見える。戦闘狂なるものの軌跡。米国の軍事産業の言いなりに防衛力を整備していると、日本の富もドルの嗜好品として煙となり消えていくという図説ですね。

同時に、日本の歴史についても考えさせられる。以前、加藤周一氏(NHK「歴史としての20世紀を語る」)がドイツや日本の戦争責任を問いながら、水面下にいるナチの残党について言及していた。ハーケンクロイツの旗を振っていた人たちはどこへ行った。戦争が終わったからといって、急に消えるはずはない。「南京で子供を殺したおじさんはどこ行ったの。それは我々の隣に住んでいるとても良いおじさんなわけじゃない。親切で・・・」みたいなことを言っていた。

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Bonne Année 2018! Vill Gléck am Neie Joer!(謹賀新年)

大晦日の夜。夫とレストランをでて、友人宅の玄関先にシャンパンのボトルを置き、駅前の歩道橋をのぼったところで年が明けました。四方の夜空に花火がはじけ、道々、通りすがりの人たちとボン・アネーと言いかわしながら帰ってきました。

新年のご挨拶をした人の中には、たぶん陽気なドラッグ・ディーラーもいたように思う。この包摂性が当地の醍醐味。町のあちこちに、楽観的な気配のただよう(アムステルダムでも感じましたが)雨天のルクセンブルグです。

前述の善友は、元日午前12時15分がバースデーで、まさか旅先から帰った私たちが立ち寄るとは思いもせず。ドルビーサラウンドの大音響で、子供たちと映画を見ていたという笑い話です。

クリスマスを南スペインで過ごし、ジブラルタルで30キロほど離れたアフリカ大陸を眺めました。エル・カミニート・デル・レイ(Youtube)を歩きながら、人生のチャンスは何度でも巡ってくるのだなあと考えていました。普段、それとは気づかずにやり過ごしているだけかもしれません。

今年の日本にも、チャンスはあると思います。たくさんあると思う。チャンスを探訪すれば、きっと良くなっていくと思う。皆さんにとって、実りの多い2018年でありますように。日本の社会が良くなりますように。

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Future cannot be built on lies

This blog is about Osaka’s ending sister-city status with San Francisco over a “comfort women” statue.

嘘で、あかるい未来はつくれない

吉村洋文(大阪市長)‏Verified account @hiroyoshimura この件に関して、僕は政党会派を超えて自民、維新関係なく、正当な行動をとるべきだと思います。先祖、子孫の名誉にも関わります・・・」

ヨーロッパで、たえず私は失敗をしてます。「失敗」とか「失礼・無礼」とは思いもよらず、周りに指摘されて気づくことも多々あります。でも「失敗は成功のもと」と思い、年をとってきました。

60年続いた姉妹提携の件で、大阪市長に気づいてほしい。市長には広い世界の怖さをわきまえ、考察のゆきとどいた温容な判断をしてもらいたいたかった。

欧米の親日家が考えそうな然るべき「正当な行動」について、関西弁で書いてみますね。「事実でないことって?性奴隷のこと、知らんの?ホンマに知らんの?知らんふりしてンだけ、ちゃうのん?そりゃ日本の歴史で恥ずかしいこと、あったで。証拠もごっつう、あるし。でもあんたらがしたことと、ちゃうやん。なァ、昔の恥を認めたくないんやろ。それを認めへんあんたが、今、めっちゃ恥ずかしんやんか。わかるか。ひゃあ、知らんという認識もでけんもんらしい。そーか。そらあかんわ。ほな、教えてあげまほか。おんなじスカタン、繰りかえんさんよぉに。按配したげるでぇ(ここで無残に記念碑がたつ)」「市長。つっぱってんと、あんじょう謝りや~」まァこんな感じかな。

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これからの社会保障-ケイパビリティの視点から

clinic

ブリュッセルからルクセンブルグへの帰り道。列車内は混みあっているが、本が読めないほどうるさくはない。隣の4人がけの座席には、こども連れの老婦人がいた。

彼女の両脇には、孫のロイック(7歳)とジャック(3歳)。やさしく声をおとしたおばあちゃんの読み聞かせに、たのしげな笑い声がたえまなくひびいて、彼らの幸福感が通路をへだてた私にまで振動して伝わってくる。いつまでも聞いていたいような小気味よい笑いの音曲に、体がほぐれていく気がした。ふと耳にはいる会話をたどるうちに、彼女の忍耐強い養育態度にひき寄せられた。

聞いたところでは、フランスからブリュッセルへ孫をむかえにきたらしい。一週間(万聖節の休み)、彼らをあずかるという。絵本の読み方からも、教養のある女性であることがわかる。7歳のロイックはフラマン語もイタリア語もわかる。そこに彼女が、英語で説明をくわえる。私も調子に乗って、ルクセンブルグ語では、日本語ではこういうのよと言いそえた。経済的にはもちろんのこと、文化的にもなんと恵まれた家庭だろう。彼らは、次世代のリーダーとして育っていくのだろう。

隣席で私が読んでいたのは、阿部彩さんの「子供の貧困II」(岩波新書、2014年)である。日本には、100まで数えられない高校生がいるという。なんということだろう。財務省のお偉い方々がいったという。「『阿部さん、わかりました。では、何をすればよいのですか。具体的に、どのような政策を打てば子供の貧困は解決するのですか。それがわかれば、私たちだってお金をつけますよ』その時、言葉が出なかった。それが今でも悔しくてたまらない」(page. iv)。

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