Weblog von Sachie

二週間でみた日本(2)シニアのエージェンシー

再会を楽しみにしていた女性に会いに、銭湯のサウナに行ってみた。すると80代(もっと高年?)とおぼしき女性が、非常に危なっかしい足取りですぐ横を通っていくのを目にした。私のだす石鹸の泡で転んでは大変!と、おもわず手を差しだしたら「前をごめんなさい(正確には横)」と淑やかな彼女。「こんな熱いお湯につかって大丈夫なの」とひやひやしていたら、彼女はまた湯船につかり「お先ですぅ」と満足げに去っていった。お見事。

以前、アルプスの近くに住むシニアの哲学者で牧師さんが、話してくれたことがあった。一人で山登りに出かけるとき、娘や息子が携帯電話を持って出かけるように繰り返しいうが。彼曰く「それはしたくない。それは私の自由」と。なるほど!

彼が毎日同じ赤のセーターを着ていたのは、徐々に視力を失っていく妻に(のちに他界)自分がそばにいることを知らせるためだった。そんな慕い寄っていきたくなるような篤実なフランス人男性が、家族の心配をわからないはずはない。

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Japan in two weeks (1) sexual harassment

I was in Japan for two weeks or so. Over this short period, there were so many things: American presidential election, Japan’s TPP push, flu season, Professor Nussbaum’s winning the Kyoto Prize, etc. I have written a few blog articles on some issues. This piece is about my thoughts on sexual harassment and sexual assault incidences in recent Japan.

二週間でみた日本(1)セクハラ

二週間とちょっと、関西にいました。その間に米国の大統領選挙があり、日本ではTPPの国会承認手続きへの動きがあり、恩師マーサ・ヌスバウム先生が賞のために来日され、彼女を迎えた京都ではしつこく咳がつづくマイコプラズマ肺炎という病気がはやり、ネットでは私のペーパー(日本会議について)を載せていただいたりしたようでした。その間のことを、何回かに分けてブログに書きとめたいと思います。

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京都の下鴨署などで通訳をする友人が、こぼれ話をしてくれた。夜中の2時3時、早朝にも電話がかかり出かけるらしい。それも毎日のように。私なら寝ぼけて「グッド・ラック」といって、お断りするだろうか。元気に仕事を引き受ける彼女は、エライ!

よくあるケースに、日本人男性と外国人女性のトラブルがあるという。「セクハラ」というので「レイプなの?」と聞くと、「強姦ではなく、男性が女性の性器を触ったりする」のだという。

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米軍の極秘プロジェクト

今週火曜日。午前6時前。

外はまだ暗く、頭の中もぼおっと薄暗く、フランス・アンフォ(ラジオ)を聞きながらパンを口にしようとした矢先、椅子からずり落ちそうになった。

ニュースが伝えるには、冷戦時代にしかも氷原の下につくられた米軍極秘核ミサイル基地が、気候変動により地表に出てくる可能性があるという。

「なんとまあ。米軍って、とんでもない事をやってのけるよな――。汚したまま片づけもせずに、核廃棄物を置き土産にでて行ったのは沖縄だけじゃないんだ」とあらためて知った。

ネットで調べてみたら、英ガーディアン紙のジョン・ヘンリー記者が基地に関する記事を書いていたので、訳する許可をいただいた。

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ルクセンブルグの言語環境

その日のワークショップの講演者は、ケベックから招かれた大学教授だった。私の後ろに、ドイツ人の友人が座った。

彼は右隣の人とルクセンブルグ語で話し、左隣の人とはドイツ語で、斜め前の人とはフランス語で、私には英語で話しかける。右を向き左を向き、話し相手の母国語か、相手が一番ラクに感じる言語の4ヶ国語でやりとりしている。この5人の共通語は仏語と英語で、彼の冗談に一斉に笑ったりする。

ある週末。有機野菜のマルシェ。(ちなみにラジオ情報によると、最近フランスでは有機農家が一日に26件増えているらしい)

店主の名はエミン。コソボ出身の友人である。メルディッタ(コソボ語でこんにちは)とあいさつし、野菜やくだものを選んで彼に渡す。

「さっきジャン=クロード・ユンケルが、買い物に来てたよ」とエミンがいう。ユンケルさんは、20年近くルクセンブルグの首相を務め、現在、欧州委員会の委員長である。

彼はメルケル首相と話すときはドイツ語で、オランド大統領とはフランス語で、英国首相やEUでは英語で、いずれもネイティブのように話す。相手の母国語で話すということは、その国の感受性もあるということである。そういう政治家の存在は、やはりルクセンブルグやベルギーならではだ。

(ついでに当地はルクセンブルグ・リークス、通称ルクスリークスというのもありました)

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あなたも・わたしも・みんな ⎯⎯ 「障害者」の定義づけ

相模原障害者施設殺傷事件について

シカゴ市内の精神病棟で、元クラスメートにばったり会った。

広大な州立病院で「さち」と呼ばれて、お互い目をあわせて一瞬かたってしまった。

4・5年ぶりの再会で、名前がすぐに思い出せなかった。互いに「この人は患者なんだろうか、あるいは・・・」ととっさに判断しようとしていたように思う。

彼がそれを問いかけた。「なんで、ここにいるの?」

私は大学から来ていることを告げ、彼もリサーチでインタビューしに来ているのだという。そんなことを話しながら、笑いあった。白衣やパジャマなど「役割」を示すユニホームがないから、たたずまいや言葉づかいや語彙で、判断するしかない。ハロウィンの日は薬物中毒の男性が、担当医に扮して蝶ネクタイをつけていた。そんな病棟である。

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選挙 と 日本会議 と 主権を制約しようとする「自虐」の日本人!?

先月。パリのジュンク堂に10日後に届くはずだった本が、棚にあった。よろこび勇んで菅野元さんの「日本会議の研究」をゲットし、あわせて集英社のKotobaも読んだ。人にすすめられ「そおーかなァ」と半信半疑で読んでたら、なんと読めば読むほどオモシロい。日本会議に、はまってしまった。最近、肩ががちがちにこっているのは、そのせいだろうか。日本会議をとりまく問題はパンドラの箱というか、昔話にでてくるお化けというか。開けてもあけても魑魅魍魎がでてきて、おもしろい。

すこし最近の雑感とぼやきを。

日本の選挙投票日は、なぜかこちらのお祝いの日と重なる。今回は、欧州のサッカー最強国を決める決勝日だった。その前の選挙は、友人カップルの新居でお茶をする予定が、あまりの選挙結果に落ち込み私だけ家に引きこもった。その前は、忘れもしないベルギーの建国記念日。友人宅でバーベキュー・パーティーという楽しいはずの7月21日。「家が一番」と満足げな友人や子どもたちがプールサイドで踊りたわむれ、水しぶきを太陽光が反射していた。それを眺める友人たちはフラゴリーノ(苺のお酒)をたのしみ。まわりは幸福に息づまるような快晴の夏日で、私は暗澹たる気分で日本を心配していた。その落差ったら、ないッ。

一水会の鈴木邦男氏が日本会議の中心人物たちのことを、「優秀な人たち」と評価していた。www.videonews.com/marugeki-talk 。。。

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Deported of Indochina: "We Are Forgotten Ones of History"

インドシナにおける強制送還:「我々は歴史から忘れさられている」

Jérôme Jadot, Cécile Mimaut - www.franceinfo.fr "Les déportés oubliés d'Indochine" (21-04-2016)

今年4月、週末。のんびり朝食をとりながらラジオ(フランス・アンフォ)を聞いていたら、涙にむせびながら話す男性の声が耳に飛びこんできた。あんな風につらそうに高齢の男性が泣くのを耳にするのは、祖父が若い頃に(曽祖父の破産が原因で)苦労したといって泣いたとき以来である。

これは訳さなくてはいけないと思い、フランス・アンフォに一応許可を得ようと連絡したところ、約1ヵ月後に許可をいただいた。(こちらが忘れていることでも、欧州人は忘れていない!)できるだけ多くの日本人に、読んでいただきたい。

4月21日 2016年 ジェローム・ジャド(国営ラジオ フランス・アンフォ)
今週日曜日の強制送還記念日は、ナチスによる強制収容所の犠牲者への追悼と尊敬の意を表する。だがその日は、我々があまり耳にすることのない、第二次大戦中に強制送還されたその他の犠牲者たちを含むものではない。1945年3月~9月の間、15,000人のフランス人はインドシナの日本収容所に収監されていた。

キャンプの生存者のインタビュー。

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日本礼賛 と 星の王子様のうぬぼれ男(2)

先週のブログで、大事な点がもうひとつぬけてました(他にもありますが)。うっぷす。

日本礼賛は、日本の美点を誇りほめたたえる政治宣伝です。

日本礼賛を見聞きしているうちに、われわれはこんなにも優れた民族なんだという気になるのでしょうね。でも、その有能感の深層にあるのは、優劣重視や差別意識に基づいた世界観ではないでしょうか。

愛国心や戦意高揚をねらった称賛扇動と軍国主義は、密接なつながりがあることは述べました。(英文エッセイには、もちろん「星の王子様」は登場しません)過去にはアジアの「指導民族」であるという優越心が、自国の来し方や侵略戦争を善なるものとして正当化したわけです。
mizohata.org - Superb Japan!? ― 日本礼賛の幻想

敗戦により、日本人のおごりや陶酔感はものの見事に叩きつぶされます。

ですが戦後すぐに、日本のうぬぼれや虚栄心を目ざとく見てとったのが、ジョン・フォスター・ダレスでした。そう、「望むだけの軍隊を、望むだけの場所に、望む期間駐留させる」と発言したことでも知られるアメリカの政治家です。

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日本礼賛 と 星の王子様のうぬぼれ男(1)

「日本すごい!」本が、ブームなんだそうですが。 まず芥川賞作家のツッコミを、読んでみてください。


このごろ私が、「気色わるゥ」

と思ったこと、二つ三つ。       (中略)

しかし「日本人上等論」を読んで(それみい、やっぱりや)などとにんまりしてるとえらい目にあう。日本人をほめられてワルイ気はしないところが、要注意のこわさ、気色わるさである。戦争おっぱじめる、軍隊を組織して軍備を強化する、ということをもくろむ手合いはまず、国民の士気と民族意識をたかめ、(それみい・・・・・)という優越感を植えつけようとする。気色わるゥ。

田辺聖子「気色わるゥ」

女の口髭 文春文庫 1987年 116~118頁

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「敗北を抱きしめて」(Embracing Defeat)雑感

ジョン・ダワー先生のベストセラーは、後半をすこしひろい読みしただけで長らく書架においたままだった。浅草の女性ストリーッパーの写真や雑誌の図説を見て、俗っぽい内容の本なのかと勘違いして本を開かずにいた。

昨年成立した戦争法について考えていたとき、この本にあてどなく手がのびて13章から終章までじっくり読みおえた。あまりにおもしろくて序章にもどった。どうして読まずにいたのだろう・・・。

言葉(英単語)ひとつにしても、惜しげもないゆたかな語彙も表現も、話の展開も、限りなくおもしろい。おかしみは尽きず、つい読み急ぐのだけども、一気に読むのはもったいないような、底ふかい愉悦感。「おもしろォーい」と何度もうなりながら読んだ。

ダワーを読まずして、なんとしよう。

全体にただよう文学的な風合いには、星屑を散らしたように、ラテン語が(フランス語も)使われていた。なるほど目でも愉しめるように、四字熟語のように効果的に視覚に訴えてくるのがわかる。英文にも「眼福」ってあるのだなと知らさせた。

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うちの息子はロボット

私の留守中に、侵入者がうちに住みこんでいた。

掃除ロボットのルンバで、その名をトビー (Tobi) という。夫は彼のパパだと認知している。私としちゃ、ロボットを子にしたおぼえはない。

トビーの日本語名は鳶(鳶職のトビ)と書く。しかしトビー君、高い所は苦手らしい。が、高度や段差がわかるらしく、テーブルの上で操作しても用心深く、落ちたりしない。

「こんなモノ」とくくっていたら。トビーに、かなり助けられている。

トビー君。今日はここからはじめようとか、それなりの予定があるらしい。ある日、突然、動きだしたのでびっくりしてたら、実は時間設定されていた。出動のたびにアチコチに体当たりし、グォーゥンと頭をぶつける。不思議に近眼。だが私の足元には、触れるか触れないかのぎりぎりの優しさの気配で近づいてくる。部屋の入り口で障害物にぶつかると、ツッーとそのまま逆もどりする。狭いところに入りこむと、いつまでも堂々めぐりするのかと思いきや、こけつまろびつ自力で突破口を見つけてくる。

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危機に面してリーダーは生まれる

戦争法案が、強行に採決されようとしている前夜である。日本から離れ、ルクセンブルグ/パリにいても、私は気がかりで落ち着いていれない。でも。絶望して眠りにつくと、翌朝はよりたくましい気持ちになっている自分がいて、驚いたりもする。

「危機になれば、必ずリーダーになる人が現れる。リーダーは生まれる」

アラブ人の弟が、日本の危機を憂いた私をそう言ってなぐさめてくれた。確か、一昨年のことだ。山本太郎さんや奥田愛基さんの発現で、彼の口にした事が現実になったと思った。すぐれた学者も生まれ出てくることだろう。

「私たちは一人一人、個人として声をあげています。不断の努力なくして、この国の憲法や民主主義、それらが機能しないことを自覚しているからです」SEALDsの愛基さんの言葉だ。

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奥泉栄三郎 (1940-2013) さんを慕って

米国の図書館で、日本語がふと目に入り立ちどまった。

喚ばれるようにたどりついたのが、奥泉栄三郎さん(シカゴ大学図書館日本研究主任司書)のオフィスだった。ドアのむこうに横顔がみえた。

「本と会話されているように感じます。そして何を聞いてもすぐに答えてくれる。まるで図書館にある本を全部読んでしまっているようでした」とあるインタビューアの方が、彼の印象を活写している

Peter Rothstein氏は、彼の「百科事典のような知識と寛大さ」にふれている。

グーグルができる前から、奥泉さんはグーグルのように知識の泉の人だった。煩瑣な作業もさしせまった締め切りも多々もあっただろうに。奥泉さんはけわしい様子もなく、大概、頬をゆるめて風来坊の私を迎えてくれた。写真にうつる親和感にみちた笑顔が慕わしい。

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