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護身術とディフェンス

護身術とディフェンス

6月の週末。日本から武術の先生がベルギーのバストーニュにいらっしゃった。先生にとっては、3泊5日!?という強行日程セミナー。会場に着くまでは5〜6人の集まりかと思いきや。スイス、フランス、ルクセンブルグ、ベルギーそして日本(日本人は先生と私のみ)の5カ国から50人強の武道家が集い、さらにその家族がとり巻き見守るという盛会ぶりだった。

(海外に誇れる良きものが日本にはあるのですね。こういう指導力こそ、クール・ジャパン戦略にすればよろしいのでは)

予定は半年前に知らされていた。先生は「英語」を話されるので、技の説明は大丈夫だけれども、会食時などになかつぎが要るようだった。つまりは「要通訳」という無言のプレッシャーを感じた。とりあえず、ほうじ茶だけ淹れて早朝ベルギーへ向かった。

普段は「畳の上ででんぐり返りして、何が面白い」などと思っているが、いざ目撃してみると……。かなり興味深い。廻転にも洗練を感じる。

師範の友人(写真下・地方テレビ局にインタビューを受ける彼)は、畳の上にあがると水を得た魚のようだった。技を教える横顔にも、満面におさえきれない笑みがひろがる。畳をかかえて、広々とした体育館の中をひょいひょいと弾んで歩く後ろ姿は、まさに少年のようである。いつもは、やや神経質な人だと思ってたのですがね。しかも子どもたちに慕われる先生でもあるようだ。「彼の説明は本当にわかりやすい。痛くもなくってね」「へえ〜。そうなの。私、あの人の友だちなの」と自慢したくなった。

焦ったのは、術技をフランス語にする難しさ。そういう日本語があるのかという驚きだった(かつてラテン語や専門用語の連発で、焦りまくったアメリカの法学部の授業を思い出したのでした)。もたつき質問する私。それを見かねたスイス人の範士が、「僕がやります」と申し出てくれた。最初から、そういう予定だったのでしょ。

そこでハッとしたのは。その彼の息子のノア。1歳の男の子である。畳の上をハイハイしよちよち歩きする彼が「bah! dis donc, bien dis donc」(感嘆詞)を発するのを見て喜ぶ私。それを面白がり繰り返すノア。英語でいうと「Oh boy, Oh my, well/wow」というような感じでしょうか。

そんな幼児が、実演で先生に技をかけられ畳に転がるパパを見て泣きだした。さらに別の人が畳の上に倒れ落ちるのを感知して、泣きじゃくるノア。休憩中、しゃくり上げる息子に「パパはバンバン音をたててるけど、ボボ(痛み)じゃないんだよ。心配しなくて大丈夫」と説きふせる両親。何たる一歳児。何たる知性。人間らしい やさしさ。それに比べて、何ともまがまがしい大人たち。他者の痛みへの鈍さ、無関心さ(即、日本の政治と比べてしまった。見よ、この狡猾な厚顔さ)。

護身術とディフェンス

私は大したこともせず、日本の先生の目の前の貴賓席で美味しい夕食をごちそうになった。のっけから政治の話になった。出発前に先生は私のことを詮索して尋ねられたと聞いたが。そうでしょうね。異郷の地で、変わり種の日本人に会うとは思いませんものね。

政治信条の違いに関わらず、先生には気持ちよく日本に帰っていただきかった。2日間の講習を終え、ベルギービールでくつろぐ先生に、私は別のビールを勧めた。そのままのグラスに麦酒を注ごうとする私に、ベルギー人がさっと立ち上がりグラスを取り替えてくれた。グラスの底の澱が気になるベルギー人には、別種のビールを同じグラスで飲むほど邪道なことはない(うっかり忘れてました)。さらに、さくらんぼビールにおつまみ。チーズに乾燥セロリの香辛料をかけると美味しさが増す。それを口にした先生が、お土産のわさび塩パウダーを取り出された。めいめいチーズをほおばり酩酊した。異文化の人たちが、思いやりを示し合う姿は美しいと思った。

先生に「日本のことをすごく心配してます」と伝えた。「そう、海外に住む日本人の人たちは日本のことを心配しているけど、国内にいる人たちはそうでもなくて」とおっしゃる。冷たい言い方だが。日本が大変なことになっても(今そうですが)、海外に住む私達には生きていける国がある。その人たちが心配するのだからと、想像してもらいたい。

W杯のベルギーとの熱戦で日本のデイフェンスは、素晴らしかった。それだけきれい好きの日本の応援団なら、どうして腐敗しきった政府に目を向けないのか。それほどまで日本の美風を誇りに思うなら、国連の専門家たちから受けている数々の警告項目になぜ関心を持たないのか。不思議である。

私達が生まれたとき、すでに権利や自由などは当たり前のように存在していた。なので、それを常にディフェンスし守り続けていくものだとは、多くの人は考えてないように感じる。とはいえ、政治や経済に無関心だと、よい暮らしはできない。武術家が(コミュニティーの教育者・大人たちも)、護身術や健康・治療法など以外に、歴史・政治・社会的な問題について知り皆で論議し判断していくことが、ディフェンスにつながるように思う。

バストーニュは第2次大戦の激戦地である。そこの花屋さんで、「不死」というとても美しい白い花を買った。若い店主が当地は死者のイメージを売る観光地で、もちろんその史実を温存し伝えていくことは大事だけども、もっとクリエイティブで芸術的な新しい街づくりのイメージを創っていきたいと話してくれた。日本人女性から生花を習ったという。そんな未来の担い手世代がいる町を、頼もしく思った。

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