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これからの社会保障-ケイパビリティの視点から

clinic

ブリュッセルからルクセンブルグへの帰り道。列車内は混みあっているが、本が読めないほどうるさくはない。隣の4人がけの座席には、こども連れの老婦人がいた。

彼女の両脇には、孫のロイック(7歳)とジャック(3歳)。やさしく声をおとしたおばあちゃんの読み聞かせに、たのしげな笑い声がたえまなくひびいて、彼らの幸福感が通路をへだてた私にまで振動して伝わってくる。いつまでも聞いていたいような小気味よい笑いの音曲に、体がほぐれていく気がした。ふと耳にはいる会話をたどるうちに、彼女の忍耐強い養育態度にひき寄せられた。

聞いたところでは、フランスからブリュッセルへ孫をむかえにきたらしい。一週間(万聖節の休み)、彼らをあずかるという。絵本の読み方からも、教養のある女性であることがわかる。7歳のロイックはフラマン語もイタリア語もわかる。そこに彼女が、英語で説明をくわえる。私も調子に乗って、ルクセンブルグ語では、日本語ではこういうのよと言いそえた。経済的にはもちろんのこと、文化的にもなんと恵まれた家庭だろう。彼らは、次世代のリーダーとして育っていくのだろう。

隣席で私が読んでいたのは、阿部彩さんの「子供の貧困II」(岩波新書、2014年)である。日本には、100まで数えられない高校生がいるという。なんということだろう。財務省のお偉い方々がいったという。「『阿部さん、わかりました。では、何をすればよいのですか。具体的に、どのような政策を打てば子供の貧困は解決するのですか。それがわかれば、私たちだってお金をつけますよ』その時、言葉が出なかった。それが今でも悔しくてたまらない」(page. iv)。

解決策は、すでに立証されている。阿部さん自身がふれているように、(軍事費を削り)まず教育と医療サービスに潤沢な予算をつけることである。90年代までの日本の成功例を手本として、UNDPが進めてきた人間開発 (human development) の政策ではないか。日本には、逆輸入の立案である。

日本の貧困や格差研究で違和感を感じるのは、あまりにも所得格差に注目していて、より広い経済格差やケイパビリティ格差についての言及が少ないことである。いくら現物・現金給付を受けても、当事者がそれを『手段』のままで終わらせずに『目的達成』へ変換できなれば意味がない。

たとえば、コンピューターという『手段』を持てたとしても、実際に使いこなせなければコンピューター・リテラシーという『目的達成』はできない。

(母子家庭の子供たちを放課後に孤立させないように、テクノロジーでコミュニケーションを図ることもできる。ケンブリッジのラズベリーパイなど、安価でパワフルなコンピューターがある。)Foundation Raspberry Pi - www.raspberrypi.org

別の例では。フランス人の友人が、ベルギーで運転免許証取得の全額費用助成を受けたと話していた。免許や車という手段がなくては、就活も通勤もむずかしい。日本には、市民が自由に〇〇できる、〇〇であるという、ケイパビリティの視点からの政策や助成制度が絶対的に欠けているように思う。

今週、財務省は、一人当たり月5千円の児童手当の特別給付を廃止する提案をしたらしい。さらには生活保護基準の引き下げ。2019年以降には、75歳以上の医療費の窓口負担は1割から2割になるらしい。病院でも診療報酬を2.5%ほど引き下げたりすると、金もうけ主義を促していくことになるだろう。

これらの政策は、未来を抹消するにひとしい。じかに貧困を経験したジョージ・オーウェルは、「貧困は未来を全滅させる」と書き残している。日本社会には、言いようのない先行きの不安précarité · a precarious existenceを気配で感じる。

大きな経済成長がなくても教育や健康を重視した政策は打てるが、健康で教育のある市民なくして、経済成長もイノベーションもありえない。また消費税や国民年金の保険料など、あらゆる所得階層に定額の負担を強いることは、一見、平等のような気がするが、貧困層にはより重荷になり不公平である。日本では同質性 /均等性を平等/公正/正義と勘違いしているようである。

富裕層を優遇する今とは真逆に、貧困世帯への再分配を最優先し、教育公的支出をOECDで最上位にし、医療・保育サービスにお金をかけ、そして男女差別(日本の男女格差は114位!)を撤廃すれば、貧困問題はかなり落ちつくことだろう。

《追記》

 ちなみにロイックの髪は栗色で、ジャックはブロンドである。もう少し大きくなれば、ジャックの髪もお兄ちゃんのように濃い色にかわるだろう。ブリュッセルから帰り、大阪府立高校の髪染め強要問題のニュースを読んだ。暗澹たる気持ちになった。こういう問題も、ヨーロッパですぐ報道されるんですよね。

さらに多様性に関する調査結果。被調査者の57%が「多様性は我が国をダメにする」と回答し、わずか24%が「多様性は我が国をより良い国にする」と回答。日本の教育に大きな問題があることを如実に示していると思う。

終わりに。日本の札束外交というのは、お金をばらまく人の自信のなさの表れなのだろうか。

写真は、経済的に余裕のない人々のためのフリー・クリニック。ブリュッセルにて。

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