Sachie's blog

Momotaro and the Zokkoku Theater

This is my blog about the Client State – Japan with a satire flavor. I hope to write an English paper on the Zokkoku sometimes soon, so I won’t go into detail now.

属国劇場 ~ 「あれから桃太郎は」

Momotaro

かつて、神国日本をささえた価値体系があった。国の起源を「神話」にもとめた国体論。国家神道。天皇の神格化。天皇を家長とする家族国家観。「皇祖皇宗のために命を捨てよ」と説いた教育勅語と国民総動員体制に盾つかない従順な人づくり。玉砕を強いる人命と人権の軽視。そして学問軽視。

(国のかじ取りをする人が条理明晰な説明ができずに、中身なし・専門知なしの反論だと外国人に指摘されて、逆ギレしたり開きなおったり。今も、あまり変わってないのでしょうか。世界の常識では、「国を愛し、誇りに思う心をはぐくむ」教育と、国際人権規約に抵触しそうな法案を通そうという国は、矛盾があるとみなされる)

「臣民」の童心教育で教訓性や強制力をすりこむのに、こどもたちからひろく愛された桃太郎ほど最良の教材はなかった。国際連盟から脱退を余儀なくされた日本で、その英雄の暴力性は増し、いつしかハチマキの文字も「日本一」から「世界一」に変わっていた。

戦後、占領軍はさまざまな分野の専門家を集め、日本を骨抜きにするための画策を練った。社会科学者たち(ルース・ベネディクト含む)は、「世界に類をみない特別な国」「日本人らしさ」「日本人の誇り」という偏狭な選民意識に目をつけた。それを逆手にとりアイデンティティとして宣揚すれば、日本の国際協調を困難にし、アジアで孤立させることで、常に宗主国のご機嫌をうかがう属国の思想的な下地になると、彼らは70年前に見抜いていた。

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Momotaro Story

This blog is about the articles of Okuizumi Eizaburo (1940 – 2013) on “The Story of Peach Boy and Japanese Culture.” It was published in the Japanese American newspaper, Mid America Guide, from February to August (except July) in 1996.

I think that Momotaro is still relevant in today’s Japan. Okuizumi writes that evil Oni (鬼) is Oni (隠), namely something invisible (it can be seen it as Japan’s perception of foreign threats). Momotaro story can be also associated with Nippon Kaigi school’s regimentation, hate indoctrination, and instrumentalization of children. Peach Boy is a very interesting subject to study, indeed.

奥泉栄三郎さん(1940-2013) 「桃太郎と日本文化」

Momotaro

「それにしても、あなたは年寄りの友達が多いねぇ。僕も含めてね」なにを話していたかは、覚えてないが。そう言って、奥泉さんは明るくはじけるように笑った。

彼がいなくなれば、友人関係はそれで終わってしまうものだと悲しかった。ところが、病気になった彼に代わって、妻の圭子さんという友人をあらたに得た。奥泉さんの人生は、この賢くやさしい女性にささえられてきたのだと知るようになった。

その圭子さんが、この春、彼の残した「桃太郎と日本文化」という文書を送ってくれた。

室町時代から語りつがれる民話が、軍国主義を正当化する童話として、GHQに禁じられた時期があったという。「赤鬼・青鬼」は「鬼畜米英」で、「鬼ヶ島」を「真珠湾」にたとえたのだから、ムリもない。ピーチ・ボーイの改変史を知ったのは、近年ジョン・ダワー氏の本を読んでからである。

奥泉さんも、随分まえから桃太郎をみていた。うれしいのと同時に、これは年上の友人からの警告だろうか、と思ったりもする。

つまり「桃太郎人気にご用心」ということだろうか?

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屈しない明日へのビジョン(3)

ポスト真実

みなさん「ホームランド Homeland」という米国のTV ドラマを、ご覧になったことはありますか?

事実をゆがめ 嘘も繰りかえし拡散すれば、世論やポスト真実としてなりたつという情報・印象操作や政治プロパガンダの一面を扱っています。

スノーデン氏が香港のホテルに持参していた本のタイトルも、実は「Homeland」で、同じタイトルでIT 専門家による本もでています。

その「Homeland」を下巻とすると、上巻にあたるのがCory Doctorow の「Little Brother」 (Big Brother じゃなくて) です。(わたしはまだ全部読み終えてませんが)

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屈しない明日へのビジョン(2)

インターネットと自由

4月4日。ネットでの閲覧履歴について、マーティン・ファクラー氏がツイ―ト。その後「閲覧:貴方が行っているインターネットの閲覧は売り出されるかもしれないのです。トランプはこれを許可」と孫崎享‏ 氏がリツイート。

でもね。私たちには、他の方法があります。マイクロソフトより、Linux、グーグルの代わりにダックダックゴー DuckDuckGo.com スカイプより、トックスTox / qTox

監視されるものから、監視されない自由なものへ。既得権益がらみのモノから、みんなのオープンソースのモノへ代替可能だから大丈夫。大丈夫と思いきや。

そんな単純な話ではないようだ。

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屈しない明日へのビジョン(1)

最近考えていることを、書きとめたいと思います。

国有地

むかし、むかし。チリという国に、独裁者がいました。

このあくどい男は、お金ほしさに大地を売りさばいていました。

そこに通りがかったお母さんとお父さんが、夢のようにきれいな原っぱをひとめ見て気に入りました。ふたりは、見わたすかぎりの草原を買うことにしました。

「この牧草地を守りそだて、いつか時がきたら国にかえしてあげよう」そう誓いました。

それから、ながいながい年月がすぎました。その草むらは、いこいの楽園になり、みんなのもとへもどったそうです。

めでたし。めでたし。

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「太平洋の真珠」礼賛

  • Madeira

ここはどこでしょう?

そう、ポルトガルはマデイラ諸島。

昨年末、その楽園に2週間滞在しました。過去には、結核患者の保養地としても知られたところだろうです。あそこにいたら、そりゃどんな病気でも治るでしょ、という明るく希望を持てる安息地でした。

自然保護地区内にあるホテルのスタッフは、訪ねてきた友人を迎え入れるようにあたたかく、毎日オーガニック野菜の手作り料理を食べさせてもらい、連日レバダという灌漑用水路(昔は共同洗濯場でもあったそう)沿いにトレッキングに出かけました。行けども行けども山脈が冴えて見え、海岸線の断崖に立っては足の震える思いをしました。足は震えるのだけど、引き返そうとは思わない。野趣満載。そんな不思議なチャレンジをしました。後で聞いたら、地元住民以外は立ち入り禁止地区でした。

ハヤトウリ、じゃがいも、紫陽花、ブーゲンビリア、ゴクラクチョウカ以外は、図鑑でも見たことのないような、あでやかな花が行く先々で見られ、幾筋もの大滝に息をのみ、源泉を手ですくい、ユーカリの香りを肺一杯にすい込み、幸福感いっぱいの気持ちになりました。

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二週間でみた日本(3)最終回

年内に済ませておきたいことは、山ほどある。日曜の元日まで、いくら指を折って数えても、あと三日しかない。が~ん。

なので。ブログに書きたいことは山ほどあるのですが。またの機会にします。

写真はわが家のオーガニック蜂蜜。私の咳どめ用自然薬です。味わいはアカシア、オレンジ、タイム、フュメといろいろ。国籍もイタリア、ドイツ、フランス、マルタ、スロベニアといろいろ(残念ながら、ルクセンブルグと日本のは写ってない)。蜂蜜にそそぐお湯の温度も、一緒に添えるものもいろいろ(有機のレモン、しょうが、片栗粉など)。山のものは、熱いお湯に溶かしても大丈夫です。

ヨーロッパでも日本でも、風邪が流行っているようです。皆さん、お大事に。

よいお年をお迎えください。

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二週間でみた日本(2)シニアのエージェンシー

再会を楽しみにしていた女性に会いに、銭湯のサウナに行ってみた。すると80代(もっと高年?)とおぼしき女性が、非常に危なっかしい足取りですぐ横を通っていくのを目にした。私のだす石鹸の泡で転んでは大変!と、おもわず手を差しだしたら「前をごめんなさい(正確には横)」と淑やかな彼女。「こんな熱いお湯につかって大丈夫なの」とひやひやしていたら、彼女はまた湯船につかり「お先ですぅ」と満足げに去っていった。お見事。

以前、アルプスの近くに住むシニアの哲学者で牧師さんが、話してくれたことがあった。一人で山登りに出かけるとき、娘や息子が携帯電話を持って出かけるように繰り返しいうが。彼曰く「それはしたくない。それは私の自由」と。なるほど!

彼が毎日同じ赤のセーターを着ていたのは、徐々に視力を失っていく妻に(のちに他界)自分がそばにいることを知らせるためだった。そんな慕い寄っていきたくなるような篤実なフランス人男性が、家族の心配をわからないはずはない。

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Japan in two weeks (1) sexual harassment

I was in Japan for two weeks or so. Over this short period, there were so many things: American presidential election, Japan’s TPP push, flu season, Professor Nussbaum’s winning the Kyoto Prize, etc. I have written a few blog articles on some issues. This piece is about my thoughts on sexual harassment and sexual assault incidences in recent Japan.

二週間でみた日本(1)セクハラ

二週間とちょっと、関西にいました。その間に米国の大統領選挙があり、日本ではTPPの国会承認手続きへの動きがあり、恩師マーサ・ヌスバウム先生が賞のために来日され、彼女を迎えた京都ではしつこく咳がつづくマイコプラズマ肺炎という病気がはやり、ネットでは私のペーパー(日本会議について)を載せていただいたりしたようでした。その間のことを、何回かに分けてブログに書きとめたいと思います。

・・・・

京都の下鴨署などで通訳をする友人が、こぼれ話をしてくれた。夜中の2時3時、早朝にも電話がかかり出かけるらしい。それも毎日のように。私なら寝ぼけて「グッド・ラック」といって、お断りするだろうか。元気に仕事を引き受ける彼女は、エライ!

よくあるケースに、日本人男性と外国人女性のトラブルがあるという。「セクハラ」というので「レイプなの?」と聞くと、「強姦ではなく、男性が女性の性器を触ったりする」のだという。

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米軍の極秘プロジェクト

今週火曜日。午前6時前。

外はまだ暗く、頭の中もぼおっと薄暗く、フランス・アンフォ(ラジオ)を聞きながらパンを口にしようとした矢先、椅子からずり落ちそうになった。

ニュースが伝えるには、冷戦時代にしかも氷原の下につくられた米軍極秘核ミサイル基地が、気候変動により地表に出てくる可能性があるという。

「なんとまあ。米軍って、とんでもない事をやってのけるよな――。汚したまま片づけもせずに、核廃棄物を置き土産にでて行ったのは沖縄だけじゃないんだ」とあらためて知った。

ネットで調べてみたら、英ガーディアン紙のジョン・ヘンリー記者が基地に関する記事を書いていたので、訳する許可をいただいた。

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ルクセンブルグの言語環境

その日のワークショップの講演者は、ケベックから招かれた大学教授だった。私の後ろに、ドイツ人の友人が座った。

彼は右隣の人とルクセンブルグ語で話し、左隣の人とはドイツ語で、斜め前の人とはフランス語で、私には英語で話しかける。右を向き左を向き、話し相手の母国語か、相手が一番ラクに感じる言語の4ヶ国語でやりとりしている。この5人の共通語は仏語と英語で、彼の冗談に一斉に笑ったりする。

ある週末。有機野菜のマルシェ。(ちなみにラジオ情報によると、最近フランスでは有機農家が一日に26件増えているらしい)

店主の名はエミン。コソボ出身の友人である。メルディッタ(コソボ語でこんにちは)とあいさつし、野菜やくだものを選んで彼に渡す。

「さっきジャン=クロード・ユンケルが、買い物に来てたよ」とエミンがいう。ユンケルさんは、20年近くルクセンブルグの首相を務め、現在、欧州委員会の委員長である。

彼はメルケル首相と話すときはドイツ語で、オランド大統領とはフランス語で、英国首相やEUでは英語で、いずれもネイティブのように話す。相手の母国語で話すということは、その国の感受性もあるということである。そういう政治家の存在は、やはりルクセンブルグやベルギーならではだ。

(ついでに当地はルクセンブルグ・リークス、通称ルクスリークスというのもありました)

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あなたも・わたしも・みんな ⎯⎯ 「障害者」の定義づけ

相模原障害者施設殺傷事件について

シカゴ市内の精神病棟で、元クラスメートにばったり会った。

広大な州立病院で「さち」と呼ばれて、お互い目をあわせて一瞬かたってしまった。

4・5年ぶりの再会で、名前がすぐに思い出せなかった。互いに「この人は患者なんだろうか、あるいは・・・」ととっさに判断しようとしていたように思う。

彼がそれを問いかけた。「なんで、ここにいるの?」

私は大学から来ていることを告げ、彼もリサーチでインタビューしに来ているのだという。そんなことを話しながら、笑いあった。白衣やパジャマなど「役割」を示すユニホームがないから、たたずまいや言葉づかいや語彙で、判断するしかない。ハロウィンの日は薬物中毒の男性が、担当医に扮して蝶ネクタイをつけていた。そんな病棟である。

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