日本の政治がつまらない訳

いや~、おもしろいもの見ました。この野放図もない曲解、論理のほころび。「これって、安倍さんのファンタジー?ネガショニズム?拡大・類推解釈?」混乱しますよね。

「日本人がつくったものじゃない」から、「いじましい」なら「米国のCIAに資金提供をうけてできた自民党は、みっともなくないですか?」「しかも民主主義のふりしつつ、日本もほぼ一党政治ですが?」とか、そこは、ぐっと飲みこみました。

日本人にはもとより、日本語のわかる外国人には、安倍さんの話は意味不明だと思います。国連の報告者のようなエリートなら、この女性のように礼儀として話を受けながさずに、真剣なテーマを聞きすごすのも失礼ですから、まず問いただしたり反論したりするでしょう。一撃であっけなく決着がついて、意味のない話はうち切りになるかも知れません。

(そっか。だからG20でもグループから離れて、彼一人で食事してたんだ。コミュニケーションや政治折衝ができるかどうかは、語学力とは別問題)

共謀罪が成立したとき、私のまわりの欧州人たちは驚きを隠せないようすでした。だって犯罪の前段階の寄りあいや顕示行為が、処罰対象になるんですよ。「圧政とはいえ、銃を突きつけられてるわけでもないのに。そんな中世の法観念であれば、ヨーロッパなら一斉に暴挙のような大規模デモになるだろう」と。

よくよく考えてみると。国会の審議で彼らは公然と嘘に真実をちりばめることで、信ぴょう性を高め、首をひねりたくなる応答でことばを破壊し会話を遮断しているのですね。事実も説明責任も空しく蝕まれ、気づけばメモリー・ホール (@オーウェル) として空洞化しているのだと思います。

「中立」や「偏見のなさ」をよそおっても、すでに無理なこじつけや隠蔽があり、「名門校」をでたはずの人たちが残念な教育結果の不祥事をおこし、「中身のない」ことばで逃げ回り、開きなおり。へたな役者がマニュアル本をつまらなさそうに読んで、禁じ手や強行採決で、脚本どおりに事が進んでいく、芝居のような国会審議。人々はそのくだらなさに「気持ちのわるいものを見た」気分になって、いよいよ政治を忌みきらいアパシー(政治への無関心さや感情鈍麻)に陥っていくのではないでしょうか。だから、のっぴきならない日本にいることさえも、わかってなさそう。

ビデオを見ますと、安倍さんのお祖父さんからの「帝国継承」も感じとれます。A級戦犯被疑者として巣鴨に収監されていた岸信介氏は「屈辱を味わいつつ、名を惜しんで自刃せよとすすめた恩師に『名をかえてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さむ』」という歌を詠んだそうです(武藤一羊「戦後レジームと憲法平和主義」れんが書房新社、2016年、62頁)。後悔も反省も自責の念もない句ですね。

なるほど「加憲」とか「改憲」をいう安倍さんには、こういうロジックと背景があるのかと腑におちます。

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