二週間でみた日本(2)シニアのエージェンシー

再会を楽しみにしていた女性に会いに、銭湯のサウナに行ってみた。すると80代(もっと高年?)とおぼしき女性が、非常に危なっかしい足取りですぐ横を通っていくのを目にした。私のだす石鹸の泡で転んでは大変!と、おもわず手を差しだしたら「前をごめんなさい(正確には横)」と淑やかな彼女。「こんな熱いお湯につかって大丈夫なの」とひやひやしていたら、彼女はまた湯船につかり「お先ですぅ」と満足げに去っていった。お見事。

以前、アルプスの近くに住むシニアの哲学者で牧師さんが、話してくれたことがあった。一人で山登りに出かけるとき、娘や息子が携帯電話を持って出かけるように繰り返しいうが。彼曰く「それはしたくない。それは私の自由」と。なるほど!

彼が毎日同じ赤のセーターを着ていたのは、徐々に視力を失っていく妻に(のちに他界)自分がそばにいることを知らせるためだった。そんな慕い寄っていきたくなるような篤実なフランス人男性が、家族の心配をわからないはずはない。

たとえ山で倒れたとしても、それは自分の責任においての行動。それが彼のエージェンシーだという意味だと思う。(でも、ネオリベの自己責任論とは違います)

連日、シニア・ドライバーの(死亡)事故の急増を、日本のメディアは強調しているようだった。免許返納のための「いじめ」キャンペーンなのかと疑うほどの、報道ぶり。(シニアの運転は危険というイメージを触れまわるのでなく、町全体で注意喚起の必要性があるのでは)

ネットで調べてみると、高齢ドライバーが起こす交通事故の割合は運転経験の乏しい20代のよりも少ないとの記事が載っていた。北欧あたりのシニア団体なら、昨今の日本の報道をエイジズムだと批判するだろうか。''高齢ドライバーの事故は20代より少ない 意外と知らないデータの真実'' (2016年11月20日)

車の運転という単純な作業のほかにも、80代、90代で研究や医術を続ける人もいる。仕事を続けるとか、ドライブをするとか。それをできるかどうか自分の身体の適否は、当事者が一番わかっていることだろう。その判断基準や汎用性を、他者が押しつけるものではないと思う。

「敬老」という風習で、かつて知られた日本ではありませんか?シニアのエージェンシーをもっと尊重しよう!(シニアだけじゃないけどね)

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