ルクセンブルグの言語環境

その日のワークショップの講演者は、ケベックから招かれた大学教授だった。私の後ろに、ドイツ人の友人が座った。

彼は右隣の人とルクセンブルグ語で話し、左隣の人とはドイツ語で、斜め前の人とはフランス語で、私には英語で話しかける。右を向き左を向き、話し相手の母国語か、相手が一番ラクに感じる言語の4ヶ国語でやりとりしている。この5人の共通語は仏語と英語で、彼の冗談に一斉に笑ったりする。

ある週末。有機野菜のマルシェ。(ちなみにラジオ情報によると、最近フランスでは有機農家が一日に26件増えているらしい)

店主の名はエミン。コソボ出身の友人である。メルディッタ(コソボ語でこんにちは)とあいさつし、野菜やくだものを選んで彼に渡す。

「さっきジャン=クロード・ユンケルが、買い物に来てたよ」とエミンがいう。ユンケルさんは、20年近くルクセンブルグの首相を務め、現在、欧州委員会の委員長である。

彼はメルケル首相と話すときはドイツ語で、オランド大統領とはフランス語で、英国首相やEUでは英語で、いずれもネイティブのように話す。相手の母国語で話すということは、その国の感受性もあるということである。そういう政治家の存在は、やはりルクセンブルグやベルギーならではだ。

(ついでに当地はルクセンブルグ・リークス、通称ルクスリークスというのもありました)

コソボさんの後は中華食品店に立ち寄る。ビリーに大きな月餅をもらった。それから別のオーガニック店でお豆腐を買い、その帰り道、肉屋に立ち寄りマダムと立ち話をする。私だけのルクセンブルグ語の先生である。以前はこわそうな女性だと思い苦手だったのが、ルクセンブルグ語を覚えはじめたら、180度態度が変わった。母国語のインパクトは大きい。いい間違えたところを大きな目を見開いて注意してくれる。

その後、魚屋に立ち寄る。オーナーのサビノは、イタリアの叔父のような存在だ。隠れ家のようなイタリアン・レストランの話をする。そこで聞こえてくる会話は、イタリア語かフランス語である。知らない人が私の肩をくるくるマッサージして、笑いながら通り過ぎていく。イタリア人にとって、自分のレストランに来る人は家族で、そうでなければ家の外にいる他人ということらしい。

私にとって、ルクセンブルグは関西圏と似ている。けれども気になる大きな違いが、ふたつある。ひとつはOECD諸国の中でもルクセンブルグは教育投資が大きいこと(20年くらいしたら、そのうち効果がでるだろう)。

ふたつめは日本のように、主要一ヶ国語(あるいは英語と2ヶ国語)に頼るのでなく、彼らは何ヶ国語も読み書きができるということ。

ルクセンブルグの公用語は、ルクセンブルグ語、フランス語、ドイツ語で、EUと学界の英語も入れると4ヶ国語になる。彼らは複数の情報源を手がかりとする。

昨日ネットで読んだ日本のニュースが、翌日ルクセンブルグの(無料)新聞に載っている。北九州の謎のカブトガニの大量死とか。アベノミクス、年金、台風のニュースから政府関係者のたわいもないナサケナイ話まで、載っている。「あっ。この人、イギリスのワークショップで会ったことがある」と思っていたら、朝の出勤者たちが「ア~。ジャポネ」と車中で大笑いしていた。

(気持ちいい一日のはじまりに、笑いのネタをたくさん提供できる日本/日本人って・・・複雑な気分)

ルクセンブルグ語はドイツ語と似ているが、むろん同じではない。ルクセンブルグ人はドイツ語を話すが。母国語を禁じられドイツ語だけを強要されたナチ侵略の記憶が、まだ生々しく残っている。

ヨーロッパに移住してきたとき、ある人が友人仲間に10ヶ国語でメリークリスマスというメッセージを送ってきた。「英語だけでいいのに」と思った。今から思うと。いや、そうじゃない。グループ・メールだからこそ、一人ひとりに母国語でメッセージを送るのが大事なのだと今ならわかる。

多国語を話せるのが大事なのは、言うまでもないが、それ以上に大事なのは母国語である。母国語の基礎なしには、外国語は上達しない。また、日本人は「外国語」というと「英語」だけ、「外交」や「外国」というと「日米関係」だけをみる傾向があるが。それでは、今の世界で長く生き残れないように思う。

ルクセンブルグのように母国語を大事にしながら、それぞれ外国語の背景にある歴史や哲学や文化・感性を尊重し学ぶ環境が、大切ではないだろうか。

ルクセンブルグは一国の首都であり、ヨーロッパの首都でもあるのだけども。村のようなチャームがあり、結構退屈そうで刺激もある。市の統計を見ると、2007年にグンと人口が増えている。経済危機のときに、人が集まったということだ。

環境省の友人によると、空港のターミナルのように、わざわざルクセンブルグとベルギー南部の森に立ち寄る渡り鳥(ナベコウ)がいるらしい。大学生には刺激が物足りないだろうが。見るべきものは見つ ―― 中年(?)には、安定した暮らしや仕事ができると思う。

もちろんどの国にも都市にも問題はあるけども。私にとって、ルクセンブルグは(ブリュッセル、ミュンヘン、プラハなんかも好き)、隠れたパラダイスなのです。

写真は、ルクセンブルグのものがすぐに見つからず。この夏、ミュンヘンの英国式公園内の川でサーフィンをする人。大学のすぐそば。下に追加したのは、1時間前に撮ったルクセンブルグのスケートパークの写真。

追記・・今朝は反TTIPデモがあった。デモにはフランスの団体も参加しており、陽気な音楽とともに大勢のひとたちが市街地の欧州委員会の方向に向かっていった。

冒頭のエミンは、TTIPやTTPについて知らなかったので、ネットで調べるよう伝えた。近所のパン屋に立ち寄った黒人女性は、今日は駐車がしにくいと不満げだった。自分たちの生活に直接かかわる重大事にもかかわらず、「迷惑なデモ隊」と言わんばかりだった。

デモの人たちは、多国籍企業と政府のパートナシップというTTIPの本質を上手にあらわしていた。二人羽織りの操り人形のようなパートナーシップで、まず政治家たちの顔写真をつけた人が先に歩き、その後ろで糸(デモでは白いロープ)で操っているのが大企業である。トロイの木馬も引かれていく。

「自由貿易」で一番被害を被るのは、私たち市民であることをまわりの人たちに教えてあげてほしい。

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